錬金術を考える(寄稿)

文化を吸収して育つ錬金術

前項で説明したような錬金術の理論、あるいはその前身となった技術や思想はどこから来たのでしょう。
まず前身となった技術や文化を原始錬金術、ここではそう呼ぶことにします。原始錬金術は主に紀元前のエジプト、メソポタミア、ギリシアで生まれました。

エジプトこそが発祥の地だと考える人も少なくないほど、錬金術の哲学的側面にはエジプトの神話・宗教に影響を受けたと考えられる点が多く、後世の錬金術師にも影響を与えていると考えられます。
同時に、この時期のエジプトは非常に発達した科学技術を有していました。理由はミイラの加工に数種類の薬品が必要だったからともされます。
また宝石加工、着色、合金の製造なども発達していたようで、これらの技術が原始錬金術として後世に伝わったと考えられるでしょう。

メソポタミアも原始錬金術の、特に技術的側面で重要な地とされます。
当時のメソポタミア地方はエジプトに劣らず技術が発展し、最古の電池と言われるバグダット電池はこの地方で発見されました。

ギリシアの思想は原始錬金術として、以降の錬金術へ大きな影響を与えたと考えられています。
四元素の理論はギリシア自然哲学がもとになっていますが、しかし一方でディオクレティアヌス帝が金属加工に関する資料を勅命によって破棄させたため、正確な情報は少ないです。
それ以降、4世紀に入ってからの錬金術文献にはギリシア語で書かれたものが多いことから、発展に大きく寄与した事そのものに間違いはないでしょう。

これら原始錬金術はアレクサンドリアからアラビアを経由してヨーロッパへ入ってきます。
たとえば錬金術の語源について、錬金術”Alchemy”は定冠詞Alと金属変容を示すchemyから成り立っています。
このchemyはまたkhemに由来するとされ、古代においてアラビア語ではエジプトを示し、またエジプト語ではナイル川の運ぶ黒土の事です。

さて、アレクサンドリアやアラビアで発展した錬金術ですが、その流入のきっかけになったのは十字軍です。
簡単に説明するとローマ教皇に召集されたフランス人騎士による軍、目的は聖地エルサレムの奪回でした。
その中で彼らは東側の多くの物品を持ち帰り、西洋諸国に広める役割を担います。
こうしてヨーロッパにおいて錬金術は13世紀から17世紀にかけて大きく発展し、かつて技術として進歩した原始錬金術の形から、今に至るまでの錬金術の形へ変化していきます。
13世紀以降というのは異端審問、魔女狩りの盛んだった時代です。そのため錬金術はキリスト教の教理と対立しないよう発展しました。
錬金術はエジプトやギリシャの神話と関わりがあるため、本来はキリスト教からすれば邪教です。その為にバチカンの目を誤魔化す必要がありました。

15世紀には西ヨーロッパで魔術の存在が広まり、天啓思想という超自然的存在からの神託を教義とする思想に基づいた一種の秘教として変化します。
多くの錬金術師たちはこの時代に、錬金術を対外的には「黄金を作り出す研究をする学問」という形にします。実際に目的としていたか、単なる隠れ蓑であったかは不明です。あるいはどちらもいた可能性があります。
しかし表向き黄金錬成を研究していることにするのは効果があり、欲に目の眩んだ有権者や聖職者の目を欺き、彼ら相手に活動を続けることが出来たようです。
教会も明らかな邪教崇拝の動きがない限り、ある程度は許容したようです。

16世紀になると、現代の化学に繋がる研究論文が出始めます。そしてこの時代は有名なパラケルススが登場する時代でもあります。
パラケルススは現在の錬金術理論の基礎を創り、しかし同時に黄金錬成を否定しました。
彼は

  • 四大元素の再発見
  • 三原質の再発見
  • 亜鉛元素の発見

などの重要な業績を残しています。
またそれゆえに真偽不明の逸話も多く、ホムンクルスの生成に成功した、賢者の石を持っていたなどの話があります。
あるいは彼の研究のような「医学と錬金術を合わせ不老不死を目指す」学問をイアトロ化学と言いますが、その学問を生んだのは他ならない彼です。

17世紀後半から錬金術は衰退していくことになります。
錬金術師たちは次第に化学としての錬金術部分を探求するようになり、そして最終的に化学と合流します。
J・クンケルという錬金術師に至っては、多様な実験失敗の末に錬金術を完全否定するにまでなりました。
そして18世紀、ラボアジェがフロギストン説を否定し燃焼と酸素の関係を発見した頃、錬金術の衰退は決定的なものになっていきます。

科学的に見る錬金術

さて、18世紀頃から否定された錬金術と黄金錬成ですが、当時の一部科学的権威も錬金術を完全に否定しませんでした。
ニュートンは部分的ですが錬金術の可能性を信じ、黄金錬成の可能性を信じていました。
とうとう彼らの時代に黄金錬成が成功することはなく、その後も錬金術は衰退し、その認識は遂にファンタジーなものへと変わっていきます。
しかしながら現代の科学では、黄金の錬成については可能だとされています。

現在の科学では物質は原子から成ると発見され、またその原子は陽子・中性子・電子の3種の粒子から出来ていると分かっています。
原子は陽子の数によって性質が決定し、それは言い換えれば、陽子を操作出来れば物質の性質を変えて「錬成」が出来ることを示します。
『半径50センチ、厚さ12センチ、重さ1.34トンの水銀に、50メガ電子ボルトのガンマ線を70日間照射した後、6年間の冷却期間をおくと、およそ74キロの金ができる。さらに副産物として180キロの白金も手に入る。』
シミュレーションによれば金を得ることは可能のようです、ただしこうして得られた金に対し、掛かった電気代を考えた場合その値段はグラム単価20万程度です。相場と比べてもあまりに高価です。

理論的に可能ながら、現代の技術では掛かるリソースに対して得られるものがあまりに見合いません。
逆に言えば理論的には、ほぼ全ての元素は同様にして生成することが可能と考えられます。
高度な科学によるブレイクスルーがあれば、新時代の技術として錬金術が最盛するかもしれません。それを考えるのは、創作する我々の想像力です。

現代の創作物においては非常に魔術的側面を強調して扱われる錬金術ですが、これまで書いたように化学と共に、科学的側面と魔術的側面が奇妙に融合しながら発展していきました。
『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』
これは「クラークの三法則」にある、アーサー・C・クラークの名言です。
ファンタジーな舞台装置として著名な錬金術について、原点に立ち返り、科学との繋がりを考えても良いかもしれません。
奇しくも現実が、そのすぐそばまで来ているようですから。

参考文献