『精霊の砂時計』

 三ヶ月。砂時計の効果で三ヶ月は巻き戻る。幸いにも師匠が昏睡状態に陥る前に戻ることはできたが、どう足掻いても師匠の事故は覆せそうになかった。それどころか助けようものなら、また別の場所で、別の形で『不幸』が訪れる。最悪の場合、死を招いてしまうようだ。

 どれだけくり返そうとも、どうやら変えられない点はあるらしい。くり返して、くり返して。何度も砂時計をひっくり返して、ようやく得た結論だった。いや、多分、「諦めた」と独白すべきなのだろう。

 眠りについたままの師匠を横目に、少年は商売を続ける。骨董を仕入れ、骨董を売り、また骨董を仕入れる。気に入らなければ時を戻して『最善』の選択を取る。

 生真面目な骨董屋に師事してから、気づけば三年が経とうとしていた。

「おやじさんが倒れて何年になるかな。この店をずっと一人で守り続けてきたんだろう? よくやってるよ、坊は。しかも商売上手ときている」
「王都からお声がかかったって聞いたわ。その仕度を見る限り、もう出かけちゃうのかしら」

 師匠の代から親しくしてくれている貴人は、師匠が倒れてからも少年のことを気にかけてくれた。砂時計の力を借りずとも世話をしてくれたのだから、この町にはもったいないほど情のある人たちだと思う。

「はは、ありがとうございます! どうも急ぎみたいで、明日中には向こうに着かないとなんです。挨拶に伺えず、すみません」
「いいのよ。けど、今は物騒だから。ほら、隣国との戦争がいよいよ激しさを増してきたというか。……ああ、ごめんなさいね! 不安にさせるようなことを言って」
「いえ、むしろありがたい情報です。知らずに歩いて流れ弾に当たりたくありませんから。兜でも買ってから出ます」
「ふふ、それじゃあ逆に兵士に間違えられちゃうわよ」

 婦人につられて頬が緩んでいく。久方ぶりに心からの笑顔を作った気がする。

 世間話もそこそこに、少年は町をあとにする。鞄に砂時計が入っていることを確認して、町の門をくぐる。

 ゆっくり歩いても、王都には半日もかからない。招集のかかっている明日には余裕をもって到着することだろう。時間配分を改めて確認していると、ふと胸騒ぎを感じた。

「倉庫の鍵、ちゃんとかけたっけ」

 戻らなきゃ。振り返った瞬間、少年は止まった。

 なかった。町が、人が。活気にあふれていたはずの〈ノウィロの町〉は瓦礫に埋もれ、あちらこちらから黒煙が噴き上がっている。ツンと鼻を突くのは、爽やかとはお世辞にも言い難い焦げ臭さだ。

「なん、で……何、どういうこと?」

 がたん、と握り手が落ちる。荷台に積んでいたはずの品の数々も、いつの間にかなくなっていた。二本の握り手と車輪だけが無残にも転がっている。

 脳裏によぎるのは、出かけ際に聞いた婦人の言葉だ。戦争――隣国との国境で始まった武力衝突は、いつの間にか〈ノウィロの町〉まで迫っていた。この瓦礫は、この惨劇は、軍靴の痕なのではないか。

「そうだ、みんなは……!」

 少年の実家は田舎にある。この町に被害があったのだとしたら、より国境に近い故郷は。

 少年は弾けるように走り出した。